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仏教,歴史,哲学,法律についての備忘録。

日本における自己負罪拒否特権と黙秘権の根拠規定

自己負罪特権の内容と根拠規定

自己負罪拒否特権とは,自己に不利益な供述を強要されない権利をいいます。日本国憲法38条1項によって保障されています。privilege against self-incrimination の訳語です。イングランド由来の権利です。最も直接的な影響を与えたのはアメリカ合衆国憲法修正第5条です。

日本国憲法38条1項

何人も,自己に不利益な供述を強要されない。

黙秘権の内容と根拠規定

黙秘権とは何か。

黙秘権とは,刑事事件の被疑者及び被告人に保障された全面的な供述拒否権です。取調べや被告人質問等に対して沈黙する自由のことです。

【被疑者】の黙秘権の根拠規定(【捜査】での黙秘)

刑事訴訟法198条2項は,「被疑者」に黙秘権があること(取調べに対して黙秘できること)を前提としています。つまり,この条文は,捜査段階で黙秘権があることを裏付けています。

前項*1の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

【被告人】の黙秘権の根拠規定(【裁判】での黙秘)

刑事訴訟法311条1項は,「被告人」の黙秘権を明確に規定しています。つまり,公判段階での黙秘権を正面から認めています。

被告人は,終始沈黙し,又は個々の質問に対し,供述を拒むことができる。

なお,刑事訴訟法291条4項も,被告人の黙秘権(公判における黙秘権)を前提としています。この条文は,被告人の黙秘権を裏付ける規定といえます。

裁判長は,起訴状の朗読が終つた後,被告人に対し,終始沈黙し,又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上,被告人及び弁護人に対し,被告事件について陳述する機会を与えなければならない。

自己負罪拒否特権と黙秘権との違い

様々な『自己負罪拒否特権』

自己負罪拒否特権と黙秘権は同一ではありません。
自己負罪拒否特権は,自らが刑事訴追又は有罪判決を受ける可能性がある不利益な証言を強制されない権利です。

この権利が行使される場面は刑事事件に限られません。

刑事裁判における証人*2には自己負罪拒否特権が認められています(刑事訴訟法146条)。

何人も,自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

民事裁判における証人にも自己負罪拒否特権が認められています(民事訴訟法196条本文)。

証言が証人又は証人と次に掲げる関係を有する者が刑事訴追を受け,又は有罪判決を受けるおそれがある事項に関するときは,証人は,証言を拒むことができる。証言がこれらの者の名誉を害すべき事項に関するときも,同様とする。

国会における,いわゆる『証人喚問』の証人についても認められています(議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(議院証言法)4条1項本文)

証人は,自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け,又は有罪判決を受けるおそれのあるときは,宣誓,証言又は書類の提出を拒むことができる。

刑事訴訟法だけが認めている『黙秘権』

他方,民事訴訟法でも議院証言法でも「黙秘権」は保障されていません。

民事訴訟の当事者(原告・被告)が当事者尋問での陳述を拒めば,不利益を受ける可能性があります(民事訴訟法208条)。

当事者本人を尋問する場合において,その当事者が,正当な理由なく,出頭せず,又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは,裁判所は,尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

民事訴訟で証人が証言を拒絶すれば,処罰される可能性があります。証言の拒否に正当な理由がないと裁判所が判断した場合,出頭を拒否した場合と同様,10万円以下の罰金又は拘留(及びこれらの併科)の制裁を受ける可能性があります(民事訴訟法193条。同法200条が証言拒否の場合について193条を準用しています。)。

証人が正当な理由なく出頭しないときは,十万円以下の罰金又は拘留に処する。
2 前項の罪を犯した者には,情状により,罰金及び拘留を併科することができる。

議院証言法においても,証言の拒否は処罰される可能性があります(議院証言法7条1項)。

正当の理由がなくて、証人が出頭せず、現在場所において証言すべきことの要求を拒み、若しくは要求された書類を提出しないとき、又は証人が宣誓若しくは証言を拒んだときは、一年以下の禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

日本国憲法38条1項は黙秘権を保障していない。

日本国憲法38条1項は,自己負罪拒否特権だけを規定していると言われています。黙秘権について直接規定したものではない,黙秘権は憲法上の権利ではない,という意味です。

いわゆる黙秘権は,日本国憲法38条1項が保障する自己負罪拒否特権を刑事訴訟法が拡大したものに過ぎないと理解されています。

憲法38条1項は黙秘権も保障しているという見解

ただし,被疑者・被告人は,述べたこと全てが刑事訴追や有罪判決に影響する可能性があります。供述すること全てが「不利益」(日本国憲法38条1項)に該当するのだから,全面的な供述の拒否権=黙秘権は憲法上の権利であるという主張もあります。

この主張の方が説得力があると思います。

*1:「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。但し,被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後、何時でも退去することができる。」(刑訴法198条1項)

*2:被疑者・被告人は,理由の如何を問わず供述を拒否できる黙秘権が認められているので,上記憲法刑事訴訟法を根拠に自己負罪拒否特権が認められているといえます。