「霧の中を行けば覚えざるに衣しめる。」とは,一流の人と時間を共有すること。
道元の言葉を記したとされる『正法眼蔵随聞記』の五には,以下のような話がある(水野弥穂子訳『正法眼蔵随聞記』(ちくま学芸文庫)282頁)。
故人伝ク,「霧の中を行けば覚えざるに衣しめる。」ト。よき人に近ヅけば,覚エざるによき人となるなり。
道元は,これに続いて,2つの話をする。
第1に,『倶胝和尚の従者をしていた童子は,特に勉強・修業したわけでもないのに,自分も知らない間に仏道を悟った』という話。
第2に,坐禅をしていると,自分でも分からないうちに突然,悟ることがあるという話。
『霧の中を進んでいると,知らない間に,服が湿る。』
これと同じように,
『よい人と親しくすると,知らない間に,よい人になる。』
つまり,一流の人と時間を共有すると,その薫陶を受け,自分でも知らない間にその道を会得することができる。
起訴後も自動的に勾留が続く根拠
公訴が提起された後,公判への出頭確保及び(又は)罪証隠滅防止を目的として被告人が勾留される場合がある。これを起訴後勾留又は被告人勾留という。
勾留された状態のまま被疑者が起訴された場合,起訴後も自動的に勾留される。
自動的に起訴後勾留へ移行することを直接規定した条文はない。
起訴後も自動的に勾留が続くことの根拠は,刑事訴訟法208条1項の反対解釈である。
刑事訴訟法208条
前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
(第2項省略)
「…被疑者を勾留した事件につき,…公訴を提起しないときは,検察官は,直ちに被疑者を釈放しなければならない。」
これを反対解釈すると,以下のような考えを導出できると言われている。
『被疑者を勾留した事件について,公訴を提起したときは,検察官は,被疑者を釈放する必要はない。』